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歴史雑学や、日々の出来事などを書いてみます。


by Kujo-Kuma

夢現解体。(月姫・第三話)

「………い」
 聞こえた。
 何処か遠くから。
「………や………い」
 遠いようで、近いような。
 何かが私に呼びかけている。
「やーい…………リエルー」
 ん。
 だんだんと、はっきり聞こえてくるような。
「やーい、デカシリエルー とっとと起きないと、もっとデカくなるぞー」
「誰が………デカシリエルですかっ!!!」
 カッ! と目が覚めた。
 かばちょと起き上がろうとして………全身に走る激痛で、半ば上体を起こしたところでシエルは力尽きた。
 再びベットの上に折れる。
「あ。やっと起きた」
「こんのぉ………アーパー吸血鬼! 言うに事欠いて貴女って人はこれだから!!」
 んふふー。と唇に指を当てながらにんまりと微笑むのは、云わずと知られた真祖の姫君。アルクェイド・ブリュンスタッドであった。
 ベットに倒れたまま噛み付いてくるシエルの顔を、さも面白そうに眺めてはくすくすと笑っている。
 それが気に入らない!
「いったい私の何処が、デカシリエルだと言うのですか! 私は至って標準です! 慎み深いサイズです!! わざわざデカなんて言われる覚えはありませんっ」
「ねーねー志貴ー。シエルったら二日も寝たきりだったのに、起きたらこんなこと言ってるよー?」
「話を誤魔化すなこのアーパー………って、遠野くん?」
 微笑む笑顔は天使か悪魔か、あるいは猫か。
 上半身を包帯で被われた姿で、ようやく上体を起こして更に噛み付こうとしたシエルの勢いは、アルクェイドが意味深に向けた視線の先を見たことで別方向への勢いへと変わる。
「え、あ、と、遠野くん?」
「よかった。元気になったみたいだね、先輩」
「え、ええ、まあ、その………うん」
 穴があったら入りたい。
 でも穴は無いから、ひとまず毛布の中に隠れよう。


   ○●○


 話は三日前に遡る。
 不況で倒産し、そのまま見捨てられた廃工場。
 その誰も近づかないであろう、廃墟の中へとシエルは死徒を一体、追い詰めたのだ。
 埋葬機関の第七位『弓』として、シエルは過去に多くの死徒を狩り出しては殲滅してきた。それがどんな外見をしていようとも、一時は友誼を結んだ相手だったとしても。
 標的とした死徒の全てを、欠片も残さず滅ぼしたのだ。

 次の標的は、弓塚さつき。

 この街に転生を遂げた仇敵ロアによって吸血され、驚くべき短期間の内に"死徒化"を遂げた異端者である。
 しかし『親』であるロアは、真祖アルクェイドと協力者・遠野志貴によって滅ぼされ、都合17回に渡る転生の歴史に終止符を打たれていた。
 それは忌み子たるシエルにしてみれば、自らの手で決する機会を永遠に失ったことになる。
 故に『子』は全て殲滅する。他の誰でもない自分の手で。

 決意を定めたシエルは、執拗なまでに『子』を狩り出していった。
 それは死徒に為りきれない、食肉鬼や死者たちばかりであったが、それでも並みの人間には大きな脅威。逆に『親』の支配が失われた事で野放しとなり、危険度は更に増すばかりの状況に陥ろうとしていた。
 注意深い肉眼での、観察。
 教会に伝わる、秘術を用いての検索。
 それらを駆使して『子』らを発見し、黒鍵の一刀でこれを潰す。ほとんどの死者どもは、それだけでカタがついた。

 その末に辿り着いた場所が、雨中の廃工場であった。
 錆びて崩れかけた建物の中に、両手を血で染めた娘の姿をした死徒を追い込み、幾刀も放つ黒鍵と磨き上げてきた体術で切り崩していく。実力の差は明白。負けるはずの無い"作業"となるだろう。
 弓塚さつきという名前をしていた、偽りでも「先輩」と自分を呼んでいた娘の成れの果てを殲滅するはずだった。

 けれどシエルは敗北した。

 幾度となく放った黒鍵。
 体重を乗せきった体術、特殊な合金で保護した長靴での蹴打。
 幾ら死徒として破格の才能に恵まれているとはいえ、積み上げてきた経験の差はあまりにも大きい。ハードでは劣るとも、ソフトの面に於いてシエルは超一流であるから。
 そう。
 まるで予想だにしなかった、この場で起こり得るはずの無い現象に直面するまでは。

 固有結界。
 最も魔法に近い魔術と称され、使用者の心象世界をもって現実を塗り替える大禁呪。
 魔術の技に秀でたシエルはおろか、よほどの大魔術師であっても使うことが出来ない固有結界を、死徒となって僅か一ヶ月も過ぎぬ娘が発動させると誰が予測出来るものか。
 発現した固有結界により、周囲の魔力が見る見る内に収奪され、枯渇する様は直ぐに理解した。
 完全に枯渇する前にと投擲した六刀の黒鍵は魔力を奪われ、元の聖典のページに戻されて風に吹かれて散るばかり。柄だけが空しく、黒く乾いた土の上に転がる。
 それはシエルに僅かだけあった躊躇いを衝き、それ故に反撃を受けた。
 以降の記憶は無い。


「………此処は遠野の屋敷だよ。先輩は二日前の朝に、あの場所に薬草を採りに出かけた琥珀さんが見つけたんだ」
 遠野家の秘密菜園では造れない薬草を、採りに出かけていたとか。
 それはどんな薬草なのか、琥珀以外の誰もが知りたいとは思わない。
「そう、ですか」
「秋葉の手配で、先輩が寝ている間に遠野の主治医にも診てもらった。左肩の脱臼と部分骨折、更に靭帯の伸びも加えて、全治二週間以上との診断だよ」
 改めて上体に視線を向ければ、そこには左肩を中心に何重にも包帯が巻かれている。
 以前なら強制的に短時間で癒されていたシエルの身体も、ロアという因子が消滅した今となっては、医術や魔術を駆使しつつも徐々に治していくしか術は無い。
 それでも常人に比べれば、破格の治癒力ではあるのだが。
「………廃工場での、弓塚の事はひとまず置いて、先輩はゆっくり身体を休めてくれよ」
「シエルなんてほっとけば良いのにー」
「アルクェイド………もうちょっと別の言い方も」
 自分の身体を見下ろし、ため息をつくシエルを見かねたように声をかける遠野志貴。
 そんな志貴の優しい態度にシエルは照れたように微笑み、その横ではふてくされたように頬を膨らませるアルクェイドが居たりする。
「ありがとう、遠野くん。でも私はそろそろ………!」
「あらまあ無茶はダメですよー」
 コンコン。と扉をノックする音が聞こえ、手に温かな湯気を放つ膳をもって部屋へと入ってきたのは割烹着姿の娘であった。
 名を琥珀。
 遠野邸の食事係であり、現当主・秋葉付きの女中である。
「起きたばかりで食欲は無いでしょうけど、ちゃんと食べてくださいねー」
 無理やりにでも起きようとするシエルを留め、ふてくされ始めたアルクェイドを宥め、右に左にとわたわたする志貴に、琥珀は秋葉さまが呼んでいますよ。と声をかけた。
 顔にはいつもと変わらぬ笑顔。
「………」
 何か嫌な予感を感じたのか、困っていた志貴の顔が更に困っていく様は面白い。
 それでも後は頼みますと言い残し、興味津々のアルクェイドに頼むからこの部屋に残るようにと念を押してから、志貴は夕陽が入り始めた部屋を出て行った。
「あ、食べ終わったのですね」
「はい。ごちそうさまでした」
「じゃあ一緒に着替えておきましょうねー」
 志貴とアルクェイドのやりとりの間に、食事を終えていたシエルの着替えを手伝い始める。
 包帯も新しいものに取替え、その際に合わせて(琥珀印の)湿布薬を貼りかえた。食べ終えた膳を下げた足で、台車に乗せた鍋の中で適度に煮込んだ湿布薬を持ち込んだのだ。
 どろりとした半液体を布に塗り、ある程度冷やしてから患部へと貼る。
 刺激臭の弱い湿布薬の上に、包帯を巻きなおせば完了だ。
 その間アルクェイドは、日がすっかり暮れた窓際からてきぱきと働く琥珀の様子を面白げに眺めている。
「では私はこれで。何かあれば、私か翡翠ちゃんを呼んでくださいね」
 最後まで笑顔を絶やすことなく、琥珀はシエルの病室として提供された部屋を出て行った。
 志貴はまだ戻ってこない。
「………」
「………」
 会話が途絶えた。
 元々二人は真祖と代行者。本来ならば殺しあうか、封印し合う関係でしかない。
 特に二人は志貴を巡るライバルでもある。
「………また行くんだ?」
「当然です」
 それが義務ですからと、左手の具合を確かめながらシエルは迷い無く言い切った。
「前回の一件は、私にとって良い教訓となりました。忌々しい身体でしたが、知らず知らずの内に私はロアの因子に頼っていた事を思い知らされたのですから」
「殺されても死ねない身体、か」
 不死たる真祖アルクェイドも一度だけ、全身を17個に解体されて限りなく死に近づいた事がある。
 それは死に至る事の意味を、初めて理解した経験となった。
「殺されても勝手に癒える身体でしたから、その感覚が残って防御をおざなりにしたのでしょう………今思い起こしてみても、あれは決して回避できないものではなかった」
 その代償が、これだ。
 埋葬機関の者に、以前に嘲笑混じりに言われた事がある。
 どうせ殺されても死ねないのだから、痛覚を除去する手術を受けたらどうかと。
 その際にシエルは答えた。
 この痛みこそが、私はまだ人間という証だと。それを聞いた埋葬機関の者は憎々しげに爆笑しながら、それでも人間のつもりかと捨て台詞を吐かれたものだ。
「もう油断はしません。今度こそ殲滅します」
「ふうん………まあ良いけどね」
 壁に白い身体を預けつつ、アルクェイドはじっと代行者を眺めた。
 赤色の視線を感じ、何ですか。とやや刺のある口調で問い返す。
「あの弓塚って子は………」
 どんどん。
 ドアをノックする音が会話に割り込んだ。
 二人が答える前にドアは勢いよく開き、古典的なメイド服の少女を従えた黒髪の娘が猛然とした足取りで入ってくる。
「あら、妹じゃない」
「貴女の妹となったつもりはありません。ええ、そんなことは認めるわけにはいきませんっ」
 一瞬の躊躇もなく遠野秋葉は断言した。
「そんなことよりも、兄さんはこちらに居ますね?」 
「遠野くんなら、さっきそちらに行ったはずですよ」
 部屋の中央に仁王立ちする秋葉に、上体だけを起こしてシエルは先輩としての顔で答えた。
「ええそうですとも。お話があるから呼んだというのに、いつまで経っても来ないのでこうして出向いたのです!」
「怖いから逃げ出しちゃった?」
「………それはどういう意味ですか?」
 ぎり。と奥歯をかみ締めるような秋葉と、ふふーんと笑うアルクェイド。
 背後に控えるメイドは無表情を崩さず、ベットの上でシエルはまさかという予感を抱き始めていた。窓の外は完全に夜を迎え、部屋に置かれた時計は午後七時前を知らせていた。
「まさか弓塚さんを探しに………?」
 思わず口にした言葉が、今にも言い合いを始めようとしていた二人の動きを止める。
「どういうことですか、それは」
「あちゃー 志貴ならやりかねないよねー」
「はい。やりかねません」
「それが志貴さまですから」
 四者四様に声を上げた。
「とにかく止めないと………!」
「ですからどういうことかと」
「全く世話を焼かせるんだから………!」
 立ち上がろうとしたシエルが痛みに動きを止めている間に、窓から軽々と飛び降りたのはアルクェイドだ。事態が分からず憤然とする秋葉を無視して、屋根伝いにあっという間に姿を消す。
「ちょっとシエル先輩! そもそも貴女には」
「ごめんなさい秋葉さん。今は一刻を争うかも知れないのです、説明は後でしますから」
「そんな勝手な!」
 呼吸を整えつつ、シエルは窓ガラスへと向き直った。
 外は既に夜。
 昇り始めた満月の姿が、今宵は吸血鬼の天下であることを宣言しているかのよう。
「………」
 ぐっと奥歯をかみ締め、シエルは窓ガラスを鏡の代わりにして自らに暗示を掛ける。傷はまだ癒えず、痛みは鈍痛となって精神の集中をかき乱す。
 これでは戦えない。
 だから一時的に痛覚を遮断する。
「………!」
 苛々と腕組みをして部屋を歩き回っていた秋葉もまた、状況が分からないなりに事態を把握したらしい。くるりと踵を返したその足で、一階ロビーを目指して駆け出していく。
「………よし」
 暗示は終わった。
 ぐいと左手を握りこみ、軽く振る。痛みは既に無いが、やはり動きは普段よりぎこちない。左腕は使えないものと判断するのが賢明だろう。
「お着替えをお持ちしました」
「あ………ありがとうございます」
 これが役目ですからと答えるメイドの手には、綺麗に洗濯され、アイロンを当てられた法衣がある。
 太陽の香りがする法衣に素早く着替え、サイドテーブルに用意されていた装備を身につければ、そこに立つのは第七位『弓』としてのシエル。
「お気をつけて。志貴さまをお願い致します」
 深々と頭を下げる。
 お腹の前で合わせた左手が微かに震え、それを右手で抑えている様子を見せまいとするかのように。
「………はい。任せちゃってください」
 そしてシエルも窓から跳躍する。
 死徒と志貴が接触する前に、何としてでも志貴を止める。それが出来ないなら、死徒を先に仕留めるしかない。


 けれど夜の街は広い。
 二人が何処に居るのか、それはまだ分からぬまま。
 道は満月だけが知っている。


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kill dawn.(第一話)

枯渇庭園。(第二話)

星に願いを。(第四話)


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by Kujo-Kuma | 2006-11-12 23:54 | 月姫SS集