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歴史雑学や、日々の出来事などを書いてみます。


by Kujo-Kuma

Castle of Tintagil

 ………面倒なことになった。
 Tintagilと名付けられた城の一角、研究の場として使う部屋に並べられたガラス瓶に、眉をひそめた女の姿が歪んで映る。
 寸でのところで逃亡を許したメイドは、厄介な事に己の「手記」を持ち出してしまったらしい。あの手記だけは手放してはならず、ましてや内容が知られてしまうことなど…………
「手を打たなければなりませんね」
 Lady Hibiscusは静かに、けれど追い詰められた決意を固める。

   ○●○

 口早に呪文を唱え、姿を消したLady Hibiscusの気配を感じつつ、Lady Camelliaは城の広間で軽く肩を竦めていた。
 とりあえずは、あのメイドは上手く逃げ出せたらしい。
 何かに驚き、城から逃げ出そうとしたメイドを偶然見つけたとき、直感の命じるままにメイドを逃がしてやったことが上手くいったようだ。案の定、Lady of Grayを率いるMadam Lily………仮初の姿しか見せないあの女に、忠実なように見えた各Ladyたちは、それぞれの思惑を露骨に見せ始めたからだ。
 Lady of Grayは崩壊するだろう。
 ………良心の呵責など、まったく感じはしない。
 それどころかあの女が大事にするものなど、みんな壊れてしまえとさえ思う。あの女を自分自身の手で破滅に追い込めなかったことが、逆に残念なぐらいだ。
 間近に迫っているであろう、その光景を思い浮かべてLady Camelliaは唇の端に冷笑を浮かべていた。

   ○●○

 Lady Roseはいつだって若く美しい。
 今もTintagil城に与えられた、自分の部屋に持ち込んだ巨大な姿見の鏡に己の姿を映し出している。
 美しい。
 一糸もまとわぬその姿は、どんな名工の手でも創り上げる事が出来ないほどに完璧なプロポーションを誇る。丹念に磨き上げられた肌や髪から、仄かに香る麝香(ジャスミン)の彩りが、彼女をして全てのLadyたちの誰よりも美しい存在にまで昇華させている。
 けれどその完璧なプロポーションとは対照的なまでに、Lady Roseの顔は何処か幼く見える。
 ………その幼い顔と身体のアンバランスさ、そして何より計算しつくした彼女の言動や仕草が、多くの男どもを彼女の前に跪かせてきたのだ。
 それはこれからも変わらないだろう。
 例えLady of Grayが崩壊したとしても。自分以外のLadyたちが、自らの行いによってどんな結果に陥ったとしても。
 Lady Roseの美貌は決して揺らぐ事はない。

   ○●○

 整えられた場所から、少女は沈痛な表情のままで送り出されてきた。
 彼女に与えられた称号はLady Muguet。
 その名の通りに何処までも純粋で、透明感のある微笑が印象的な娘であろう。何処にも行く宛も無く、彷徨うしかなかったあの頃から、笑う事を諦めることはしなかった。
 そんな彼女をLady of Grayに迎え入れ、少女から「帰る場所」を奪った血の制御を教えてくれたのがMadam Lily、ただ一人だけだったから。
 だから少女はMadam Lilyに忠誠を誓ってきた。
 ………たとえ今のあの方が、自らの下腹部に受胎させた「卵」のみに関心を向けている今となっても。
 けれど。
「………ミルスティンさま…………」
 Tintagil城のテラスに出てみれば、淡く吹き始めた夜風が少女を出迎えてくれた。その風は苦痛に微笑む主の看病に疲れた少女の肌を、そっと心地よく冷ましてくれる。
 見上げた空に浮かぶ月は、何処までも蒼く真円を描いていた。
「私は………私はどうしたらいいのでしょうか…………」
 少女の声は小さく、そして儚い。

   ○●○

 くつくつくつ。
 僅かに音程の狂った笑み。
 幾重にも巡らされた薄絹のカーテンのその奥で、玉座に腰掛けながら自らの下腹部を愛しく撫ぜ続ける、銀の髪をした同胞を眺めるこの愉快さ。
「積み上げたものは崩れ、育ったものは枯れる」
 何処か謡うように紅い男は話しかけた。
「そんなことはもう、数百年は前にお前も悟ったであろうに………覚えていないのか?」
 紅い男の嘲笑にも、銀の髪の吸血鬼は笑うだけ。
 音程の狂った声を上げるのみ。
「………まあ良いだろう。私もお前がどんな子供を産み落とすのか、大変楽しみにしているからね」
 協力は惜しまないつもりだよ。と、続ける男の声にも、玉座に座る女………Shieraは何の言葉も返さない。ただただ愛しげに、複雑な魔法文字が描かれ、大きく膨らんだ自分の下腹部を撫ぜ続けるのみ。

 くつくつくつ。
 玉座に座る女は、音程の狂った微笑みを浮かべている。

   ○●○

 メイドのエルシアは、流れ着いた街の中で震えていた。
 此処までは何とか逃げてくることが出来た。けれどこれ上は、もう無理。
 前借していたお金も底をつき、何より為れない森の中を歩き続けたことで足の豆が全て潰れてしまい、痛くて痛くてもう歩けそうにもないからだ。
 エルシアは助けが欲しかった。
 ただただ助けが欲しかった…………(終幕)
by Kujo-Kuma | 2004-12-13 18:34 | UO創作小説風味